お客さまと店の間に“それぞれの物語”
Vol.82
愛ある仕事の話
愛ある仕事に
不況なし。
うちのモットーです。
香川県高松市
SSG タニモト店
谷本孝一・和美
街のでんきやさんは、これからも絶対に必要な仕事。
僕たちがいなければ、
お客さんは困ったときに相談するところがない。
社長 谷本孝一
うちはお祖父ちゃんが創業した店で、父が二代目、僕が三代目です。もともとは三洋電機の系列店でしたが、パナソニックショップに変わりました。
実は僕、店には出戻りなんです。
電気の専門学校を卒業した20歳のとき、いったんはうちの店に就職しました。
ところが、アンテナの取り付けで屋根に上ることになったとき、もう怖くて。
自分が高所恐怖症だとわかったんです。
あー、この仕事は自分に向いていないな。
それに若かったこともあり、もっと外の刺激がほしくて店をやめ、トラック運転の自営業を始めました。
その頃、店は父と母だけでやっていましたから、時々は手伝っていたのですが、お客さまからは「アンタ、後を継げばいいのに」なんて言われたりしました。
そのうち、僕は大のお祖父ちゃん子でもあり、お祖父ちゃんがつくった店を潰してしまうのは忍びないなぁという思いと、商売が好きという気持ちが、だんだん膨らんできました。
それで、トラックの仕事を始めて10年くらい経ったとき、店を継ぐ決心をしました。
すでに結婚しており、1歳の子どももいました。
妻に打ち明けると、「なんで、そんな先細りの商売に手を出すの?」と大反対でした。
トラックの仕事を一緒にやってくれている小林君という若い仲間もいました。
「トラックの仕事はやめる」と小林君に話すと、彼もショックを受けているようでした。
父や母はお客さまと接するのが大好きな反面、この商売の大変さも知っていますから、決して継げとは言いませんでした。
それでも僕の、街のでんきやになる決意は固く、小林君もいつか必ず自分の店に呼べるようにしようと決意し、小林君と一緒に、電気工事士と給水装置工事の資格を取りました。
そして、僕が店を継いで6年後、小林君と、介護士をしていた妻にも店に入ってもらいました。
いまでは、実家の商売ながら、街のでんきやという仕事を選んで、本当によかったと思っています。
高所恐怖症とはいえ、屋根に上る工事もすっかり慣れました。
お客さまには、「困ったことがあったら、棺桶以外のことは何でも相談してや」と話しています。
お祖父ちゃんの代からのお客さまもいらっしゃいますし、とにかくお客さまと接するのが好きなんです。
お客さまからは、「社長の笑顔を見たら、何か買うてやらないかんなぁ」なんて、言ってもらったりしてます。
街のでんきやは先細りだと思っていましたが、
とんでもなかったです。
介護士時代のように、お客さまには愛で応えたいです。
妻 谷本和美
私は結婚後も子育てしながら、老人ホームで介護士として働いていたんですが、主人から、実家の店を継ぎたいと打ち明けられたときは、猛反対しました。トラックの仕事も順調でしたし、1歳の子どももいるのに、「私らを路頭に迷わせる気?」と喰ってかかりました。
自分自身、それまで量販店やネットでしか電気製品を購入していませんでしたし、街のでんきやなんて、これから消えゆく運命にあると思っていたんです。
自分の父に相談しました。
父は設計関係の仕事を自分で起業していました。
父は、「彼の思うとおりにさせてやりなさい。父さんが自営業を始めるとき、母さんは黙って応援してくれたよ」と言いました。
それで不安ながらも、主人が街のでんきやになることを見守る決心ができました。
主人はたぶん、とても頑張ってくれたと思います。
店を継いで6年経った頃、妻である私に、「介護士をやめて、店に入ってくれ」と頼んできました。
「オマエには営業の才能があると見込んだ。どうしても店に欲しい逸材だ」と訴えるのですが、私は介護士の仕事が好きでしたし、何よりも主人と同じ仕事をするのはイヤでした。
「夫婦一緒の仕事をしていたら、ダメになったとき共倒れになる」と拒否しました。
ですが、主人が「任しとけ!責任は俺がとってやる‼」と自信たっぷりに言うので、主人を信じて恐る恐る、その船に乗っかりました。
いまではすっかり私も、街のでんきやです。
主人は私のことを営業向きだと言いましたが、私はむしろ営業はキライ。
介護士をしていたせいか、お年寄りとのおしゃべりが好きなんです。
ちょっと尾籠な話ですが、「お通じが来んで下剤を飲んどる」というお客さまのおばあちゃんに、「水分もしっかり摂らんといかんよ」なんてアドバイスをしたら、「オネエちゃん、言われたとおりにしたら出たがー」なんて電話がかかってきました。
介護士は肉体労働でもありますし、冷蔵庫などの重いものを運ぶのも平気。
「今日頼まれたことは、今日のうちに」という思いで、お客さまのお宅からお宅へと駆け回っています。
お客さまのところに伺うと、メモを渡されるんですよ。
「換気扇の掃除、網戸直す、扇風機しまう」なんて書かれていて、私たちにやってほしいことを忘れないようにメモしているんです。
トラック運転手から、街のでんきやに転職しました。
この仕事、一軒一軒みな違う現場で、
そこが難しく、また、やり甲斐があります。
社員 小林大祐
以前は社長と一緒に、トラック運転の仕事をしていました。
でんきやさんを継ぐと打ち明けられたときは、やはりショックでしたね。
この先、自分ひとりでどうやっていこうかと不安も募りました。
社長は、いつか必ず僕を呼べるように、それまでしっかり仕事をつくっておくと言ってくれました。
そして6年後、「おーい、うちの店で働いてくれ」と電話がありました。
電話がかかってきたのが6月で、7月から来てくれと急な話でしたが、「社長も一生懸命やってきたんだろうな、店をやっていく自信がついたんだな」と、胸が熱くなりました。
僕の最初の仕事も、忘れもしない、屋根に上ってのアンテナ工事。
ハシゴはしなるし、途中で「これ、ヤバイわ」と足がガタガタ震えました。
今日は、社長と奥さんの和美さんと3人で、冷蔵庫の納品に伺いました。
間口がとても狭いおうちで、キッチンに運ぶのもひと苦労。
家の中のものを片付けたり、模様替えをしてからでないと納品できないことも多いのですが、それも僕らの仕事。
前の冷蔵庫を運びだした後は、床や背面の壁をしっかりお掃除します。
時にはどうやって部屋に納めるか悩んでしまうような現場もあります。
同じようなことをやっていると思われがちですが、お客さまのお宅は一軒一軒みな違い、いつも新鮮なんです。
そこが、トラックの運転手だったときと違いますね。
汗ダラダラで働いたあと、「ニイちゃん、飲んで」とお客さまが冷たいお茶やお菓子を差し出してくれるのもうれしいし、「いい冷蔵庫だねぇ」とニコニコしているお客さまの顔を見るのは、もっとうれしいです。
お客さまのお話
これまでと使い方が変わると、私ら、困ってしまう。
前の冷蔵庫と同じ設定にしておいてくれるし、
台所までキレイにしてくれて、わるいわねぇ。
塩田様
パーシャルとかチルドとかの部屋があるでしょ。
豆腐やこんにゃくを入れておくことが多いと言ったら、「それじゃ、これまでどおりチルドに設定しておくね」と、切り替えておいてくれました。
私ら、新しいものを買っても、使い方はあんまり変わってほしくない。
慣れているのが、いちばんなの。
それに、冷蔵庫を新しいのにしたら、台所までピカピカにしてくれて、なんか申し訳ないねぇ。
お店の情報
- 名称
- SSG タニモト店
- 住所
- 〒760-0063 香川県高松市多賀町2-14-9 店舗詳細を見る
- 電話番号
- 087-831-7783
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