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お客さまと店の間に“それぞれの物語”

vol.48めざすは家電ソムリエという話

お客さまとは家族のような間柄。台風のときは心配で、アンテナが倒れないよう応急処置に駆けつけたりします。

僕は沖縄の名護というところで、でんきやをやっています。父が店を始めて、今年で創業33年。お客さまから毎日のように、いろいろなお困りごとが寄せられます。「電球が切れたよー」「テレビが映らなくなった」「エアコンの効きがわるくて」「ブレーカーが落ちた」など電気に関することはもちろんですが、「タンス動かしてー」とか「引っ越し手伝ってー」なんていうことも。お客さまとは家族のように親しくさせていただいているんです。ですから、台風のときなど、あのお宅は大丈夫だろうかと心配になります。お客さまのなかに、ちょうど台風シーズンにご主人が入院され、ひとり暮らしになったおばあちゃんがいらっしゃるのですが、さぞ心細い思いをされているのではと、台風が近づくなかお宅に伺って、屋根の上のアンテナが倒れないよう応急処置を施したこともあります。「こんなことやってくれるの、アンタだけさー」なんて、ほっとされた笑顔を見ると、強風のなかお訪ねしてよかったなぁと思います。修理などで伺うと、「ごはん、一緒に食べてけー」とおっしゃっていただくことも、よくあるんです。

お一人おひとりの暮らしに密着した、「家電ソムリエ」をめざしています。

こんなふうにお客さまとは家族のようにお付き合いさせていただいていますと、お客さまのことは家族構成やご自宅の様子はもとより、趣味とか好みとかライフスタイルなどの察しがつくもの。家電選びや使い方なども、お客さまの暮らしぶりを知っているからこそ、思いをくんだ的確なご提案ができるのではないかと思っています。実はうちの店はこの春、街のでんきやの中でもAVネットワークや太陽光発電などのホームエナジーソリューションに強い“ネットワーク&エコハウス”としてリニューアルしました。意気込みも新たに、お一人おひとりの暮らしの手助けができる「家電ソムリエ」のような存在として、お客さまのしあわせな毎日のお役に立っていきたいですね。

“親父と冷蔵庫を運ぶのも、これが最後かなぁ…”なんて。でも、新しい出会いを楽しみにしています。

いまでこそ街のでんきやという仕事が天職だと思っている僕ですが、学生の頃は調理師か保育士になりたいとも思っていました。それがでんきやを志すに至ったのは、父の勧めもあって、街のでんきやを育成する松下幸之助商学院という学校で学んだからこそ。全国から集まってきた仲間たちと約一年間にわたって寮生活をしながら、人としての道、商売の心構え、専門的技術を身につけるのですが、みんなと切磋琢磨するうちに、でんきやというのが、いかにやり甲斐のある仕事であるか目覚めました。このときの仲間たちとはずっと交流が続き、互いに情報交換などをしています。父もまだまだ現役で頑張っていますが、先日久しぶりに父と二人で冷蔵庫を納品したときは、こうして親父と運ぶのもこれが最後かもしれないなぁ、という思いがよぎり、ちょっと目頭が熱くなりました。でも、これからは僕たちが頑張る、という思いでいっぱい。お客さまの「ありがとう、助かったよー」という言葉を励みに、ますますパワーアップしたサービスでお客さまのお役に立っていきたい。そして、新しい出会いも楽しみにしています。

「街のでんきや」というより、「わが家のでんきや」なんです。宮城健様

うちは家を新築したときも、中のことはぜーんぶ、呉屋さんにまかせたんです。だって、あとあとのことを考えると、そのほうが安心。アフターフォローがしっかりしていますから。沖縄は台風が多く、台風のあとはテレビのアンテナが倒れていることもしょっちゅうなんです。僕は彼のことを“しんちゃん”と呼んでいるんですが、しんちゃん、台風のあとはアンテナの修理に駆けまわっていますよ。エアコンのフィルター掃除などのメンテナンスもしてくれますし、夏前には点検にも来てくれます。わが家になくてはならない、「わが家のでんきやさん」ですね。

「島のでんきやさん」から 島の人びとに寄り添って今日も頑張っている、でんきやさんがいます。

※ここでご紹介したサービスは、この店独自のものです。すべての店で行われているものではありません。

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